『YUI-灯火』(4)小さな小瓶

『YUI-灯火』(4)小さな小瓶

「今日もだめだったな」

 

そよぐ風は、待ち焦がれたそれじゃない。

 

「は?」

 

「啓太には関係ない」

 

「はあ……相変わらずだな結衣は」

 

ため息が大袈裟だ。

 

 

おもむろに啓太が白い小さなガラス瓶を

 

コトンと不安定な根元に置く。

 

「くすねてくるの、苦労したんだからな」

 

悪びれないラベルには、

 

ネンブタール注射液という文字。

 

髑髏のマークが鬱陶しい。

 

 

「よく手に入ったな。製造中止のはずでしょう」

 

小さな透明のガラス瓶の

 

オレンジ色のゴム状の蓋に指を伸ばす。

 

「姉貴が医学部の院生でな。まあ、医療廃棄物ってやつだな」

 

 

「そうか。ありがとう」

 

笑顔で言うのは何か違う気がした。

 

「まあな。ホントに使うのか? それ」

 

啓太は別段興味もなさそうに聞いてくる。

 

「シリンジと静脈針がないから。」

 

「またくすねろと?」

 

淡々としていた啓太が苦笑する。

 

「できれば太めの翼状針にして。シリンジが一人じゃ押せないから」

 

ここまで言っても啓太は私を止めようなんて素振りは見せない。

 

「わあった。姉貴に聞いてみるわ。あんまり期待すんなよ」

 

親指を立てて、嘘のない笑顔を投げつけてくるコイツのことが、まだよく分からない。

 

どんな表情をすればいいのかも判然としなかったので、

 

ただ頷いた。

 

 

「結衣がさ、その気持ちを小さい頃から持ってるって、もう俺の中にも染みついちゃっててな」

 

「で?」

 

「結衣のそれが不思議に思わないわけ」

 

「だから?」

 

「まあ、な。それも含めて、結衣だろ」

 

コイツには、呆れかえる。

 

「啓太はもっと、いい女と時間を使ったほうがいいよ」

 

「余計な御世話だな。俺が誰と時間を使おうと、俺の時間なんだよ。そんなことが分からない結衣じゃないだろ」

 

「わかったよ。好きにすれば」

 

他に言葉は出なかった。

 

 

ネンブタール注射液の小瓶を鞄にしまって、

 

立ち上がると、

 

かすかに風が吹いた。

 

 

啓太の声と、

 

聞き覚えのあるあの声が、

 

重なって聞こえた気がした。